癌の夫と共に

癌治療を通して人生を改めて見つめ直すつもり😅のブログ

発熱再び

ちょっと落ち着いてたかなと思ってましたが
昨晩から夫は再び発熱。39度程の熱が続いてます。
食欲も少し落ち込んでしまいました。
本人の希望でインスタントラーメンを作ったらそれはスープまで飲み干してくれました😅

もっと栄養のあるものをと思うのですが、本人が食べたくないなら仕方ないですよね。
とにかく口から何かを食べてくれるならそれで良しとしよう。

それにしても、中々良くならない夫の風邪。
このまま行くと来週月曜日の抗がん剤も無理かも知れない。それは勿論心配だけど今はとにかく早くこの風邪が治って欲しい。
しかも悪い事にこのタイミングで抗がん剤の副作用の一つである「湿疹」が表れてきて夫の顔はかなり酷い状態です。癌になってから今が間違いなく1番最悪な状態の夫。本人も中々治らない事としんどさでちょっとイライラしてきています。

今私に出来る事はそんなに無いかも知れないけど
自分の健康に気を付けながらとにかく夫の看病を
頑張ろうと思います。

自分次第

夫の熱は下がってきたものの大事をとって今日もお仕事はお休みです。
食欲は凄くあって昨日の豆乳鍋も〆の雑炊まで綺麗に食べてくれてちょっと安心していました。

今朝から咳が酷くまさかとは思いながら
「病院から貰った咳止め飲んでるよね?」と聞くと
「収まってたし勿体ないから飲んでない。」との返事。

!Σ( ̄□ ̄;)

いやいや夫さん。
薬を貰った意味分かってます?
貰ったいないって何それ💢
貴方が貰ったのは幻の秘薬ではありません💥
お医者さんが必要だからと処方してきっちりお金を払って受け取ったお薬です。
それを勝手な判断で飲まないばかりか勿体ないって
何言ってんの( `д´)

呆れて物が言えないとはこの事だわ😞
どうしてこの人はいつもこうなんだろう?
そのくせ、仕事に行く私に「心配かけて悪いな。
無理するなよ。」ってどの口が言うとんねん❗

でもこのお陰で自分の気持ちを切り替える事が出来そうな気がしてきました(良い方に)。
どんなに私が心配したって本人がしっかりしてないとどうにもならないと言う事。
風邪をしっかり治さないと抗がん剤が出来ない事は夫もちゃんと聞いてたはず。
それなのに貰ったお薬も飲まないなんて。

夫には大きな雷を落としたのは言うまでもないですが自分がどんな状況にあるのかしっかり自覚して欲しいと言っときました。言われた夫はしゅんとしてましたが本当に大きな子供みたいな夫です。

まだまだこの先も、きっと手のかかる夫だと思いますが母になり妻になり先生になりしながら日々を過ごして行こうと思った葵です😅

1回お休み

今日は抗がん剤点滴の日。
熱も下がった夫と病院に行きましたが血液検査の結果、1回お休みとなりました。

先日の風邪の影響で数値も良くないし、体力も落ちてるので今日は休んで次回万全の体制で抗がん剤をしましょうと言われてちょっと喜んでるような夫。
先生は1回休んでも癌には影響ないですよと仰っていましたが私としては何だか複雑。

抗がん剤は体にかなりの負担をかけるし、やっぱり夫も辛いはずだし1回のお休みは仕方ないとは思いますが休んでる間にめちゃくちゃ進行したらどうしようと悪い方に考えてしまいます。
元々わりとポジティブだったはずの私の思考回路は
最近特にネガティブになってしまってます😞
自分の気持ちなのに自分の思い通りにならない
この厄介な感情にちゃんと向き合えるようになるのかまたまたネガティブに考えてしまう私です。

ただの風邪

解熱剤が効いてるのか少し熱が下がりました。
結局この熱の原因は「ただの風邪」。
でも抗がん剤治療中の夫にとっては「ただの風邪」
なんて軽々しく言えません。

先生から強いと言われましたがそれでも確実に以前より体力も免疫力も落ちてるはずです。
以前の夫は熱を出して寝込むなんて1年に1度あるかないかぐらいの本当に健康だけが取り柄(笑)の
丈夫な人でしたから。

今回1番驚いたのは夫だと思います。
まさか自分が寝込むなんて、とずっと言ってます。
でもこれから本格的に冬を迎え、インフルエンザなども流行するでしょうしいつも以上に対策をしっかりしなければならないと思いました。

辛そうな夫には悪いけど改めて抗がん剤治療について勉強出来たような気がします。

発熱

昨晩から少し咳をしていた夫。
明け方から頭痛を訴え熱を測ったら39度5分😱
慌てて病院に連絡したらすぐに来て下さいとの事。

病院に着いたらすぐ診察。
抗がん剤の影響で免疫力が落ちてて色々心配だし、とりあえず血液検査して肺のレントゲンとインフルエンザの検査もしましょうとあっという間の展開。

結果が出るまで1時間。
救急の先生がやってきました。
「血液検査の結果は特に心配いりません。思ったより免疫力は落ちてないし逆に免疫力がしっかりしてるから今熱が出て体が戦ってる証拠なのでひとまず安心です。インフルエンザも陰性です。レントゲンもまったく異常ないですよ。夫さん中々強いですね。解熱剤と咳止めを処方しときますが何か変わった事があればすぐ受診して下さいね。」との事。

先ほど帰宅しましたがかなりしんどそうな夫を見て
本当に大丈夫なのかなと不安になってます。

ずっと無理してきたんじゃないか?
無理をさせてきたんじゃないか?

自責の念にかられて負のループに陥ってしまいそうになってますが今はそんな場合じゃないし。
とにかく私がしっかりしなきゃ❗

夫さんの熱が早く下がりますように。

義父と夫(3)

義実家では家計管理は義父がしており、毎月決まった額を義母に生活費として渡していました。
義母曰く「必要最低限の物しか買えない」金額で毎月遣り繰りに苦労したそうです。義母が節約しながら頑張って作った料理を食べもせず、自分だけ寿司を食べてきたり焼き肉に行ったり。

また義父は自分の趣味に関する物はどんな高額な物でも何の相談もなしに購入するなどやりたい放題。自分は何をしても許されると言うより家族の事を全く考えてなかったようです。
家族が風邪をひいた時ですら「寝てれば治る」と病院に連れて行く事を渋る人だったようです。

自分達は本当に家族なのか?
自分は父に愛されているのか?
夫もそんな父の姿を見て子供ながら色々考えていたみたいです。

「父親らしい事は1つもして貰えなかった」
その思いは義兄達も同じだったようでそれが義父の死に対して涙を流さない理由のようです。
そして葬儀後分かった事は義父は家族に一円も残していないどころか借金があったのです。
借金の内容は高額な農機具。
義母の話では数人で共同購入したと言ってたみたいっすが実際は義父が見栄をはって自分1人で借金して買ってたようです。

更に片付けの最中、義父の日記を見つけたのですが
自分はそもそも結婚もしたくなかった事。妻には多少感謝してるが愛情はない事。子供を、特に夫を可愛いと思った事がない事など目を疑うような事が書いてあり「あいつらには一円もやりたくない(原文まま)」とまで書いてありました。

それを見て義母は声を上げて泣き、息子達は大きな溜め息をつき「最低やな。」そう行って実家を後にしました。私は言葉も出ずただ義母の背中をさするしか出来ませんでした。
結局借金は義兄達が精算してくれましたが何だかモヤモヤした気持ちだけが残りました。

夫もショックだったようでこの時初めて涙を見せました。
泣きながら夫は「家族って何やろな。俺は何で生まれてきたんやろ?」そう言って私にすがり付いてきました。そんな夫を抱き締めて「私は夫くんと家族になれて幸せです。生まれてきてくれてありがとう。」と言うのが精一杯でした。

暫く2人で泣いていましたが何かを決意したような感じで夫が話始めました。
「俺はあいつみたいにはなりたくない。こんな俺やけど葵を愛してるって胸張って言えるし俺の大事な家族や。時々は甘えてしまうけどそれでもこれだけは絶対約束する。葵に少しでも金を残してやる。それまでは何があっても仕事は休めへんし勿論辞めへん。俺は絶対癌を治す。大事な家族の葵に少しでも楽させてやりたい。今回あいつが死んだ事で改めて思った。父親とは思われへんけど反面教師として忘れんようにするわ。」

そんな事があってから夫は「仕事を休まない」と言うルールを自分に課していたんですね。
実際夫は本当に頑張ってくれていますしその姿を見て感謝の気持ちでいっぱいです。
時々はお互い自分の事しか考えられなくてケンカしたりする日もあるだろうけど、それでも私達はずっと「夫婦」だしいつか癌の事を笑って話せるその日まで「家族」として支えあっていきたいです。

長々した話にお付き合い頂いてありがとうございました。

義父と夫(2)

元々世間体を非常に気にしていた義父にとって
「正社員」でない夫は受け入れがたい存在になってしまっていたようです。
私からすれば義父も夫も性格的にそっくりだと思うし、手のかかる大きな子供みたいな所も良く似てると思うんですが(笑)だからこそ義父は夫が気に入らなかったんだと思います。

そのくせ親戚が集まる席には私達夫婦が真っ先に呼び出されお接待の役目を課せられていました。
本来なら義兄がその場に居て色々相手をすれば良いと思いますが義父曰く「長男は口下手でこういう集まりは嫌いだから」と全く顔を出させません。
親戚からちょっとぐらい顔を見せたらと言われても
「仕事で疲れてるから」と言って隣の部屋にいても声も掛けないんですね。さすがに何か変だなって思ってたら夫が「世間体が悪いからや。」と一言。

つまり「正社員」でない夫よりも良い年して「結婚もしてない(出来ない)」義兄を親戚の前に出すのは義父としては許されない事だと夫は言うのです。
それはないだろうと内心思っていましたが集まりの後義父が「あんな場所に長男を出して色々言われるのは嫌や。長男の機嫌が悪くなっても困るしな。」
と言った時には驚きました。

義父にとって「息子」って何なんだろう?
義父は「家族」を何だと思っているのだろう?

様々な疑問が湧き出てきましたがそれ以降も同じ事が繰り返されてきました。
必要以上に義兄に気を使いある意味過保護にしてきた結果なのか義父の葬儀の時、義兄は親戚の顔も分からずいちいち私達に確認してきましたし、また社会人として、喪主としての葬儀での振る舞いも全く分からず葬儀社の人や出席者から失笑される事が多々ありました。


葬儀の時、印象的だったのは義兄達と夫が涙を流さなかった事です。茫然としていると言う訳でもなく
義父の死に対して感情がまるでないようなそんな風に見えました。その後の初七日、四十九日でも一切泣かない息子達の姿を見て義父はどう思っているのだろうかとまたまた考えてしまいました。

葬儀の後、義兄は仕事を理由に様々な処理もほとんどしなかったので高齢の義母に代わり私が仕事を休んで行ってきましたが、この頃は夫はすでに抗がん剤を始めていたのでそのサポートと合わせて中々ハードな毎日を送っていました。

その後、ある事が分かってから夫が義父について語り初め、今こうして私がブログに書いてるのですがそれはまた明日にします。